背景画像、ゴールドコースト海岸沿いハイライズ

オパールカズができるまで(13年前の状況)
オパカズを設立して今年で14年目に入った。

13年前,
オーストラリアは  
バブルはじけ始めたばかりで 
まだ一般にその深刻さが浸透していない日本の影響を享受しており、
土地も家も商業物件も日本人企業オーナー所有のものが軒並みだった。

すぐに日本の景気は下降の一途をたどり
ホテルや開発に手を染めていた日本企業の多くは、
次々撤退したのであるが

当時は まだ好景気の残滓を引き摺っていた時期だったので 
自分が目指す場所を手に入れたい場合は 
契約している借主に
一千万円単位もの権利獲得金を支払わねばならないのが通常であった。

オパカズのベル店(現在の本店、ルイヴィトンの隣)も
そういう状況下で 5年の契約を結んだ。

メインストリートの人気路面店の借り受けの多くは
一般的に5年契約が目安で 
途中で儲からないからやめたいと言っても次のテナントを見つけない限り抜けられない。

今のように景気が悪いと この契約が裏目に出るわけである。

バブルなんて「今は昔」の昨今では
只でさえ
なかなか引き受け手がない場所が多いのだ。

そんな場合は家賃を契約期間中支払いつづけないといけないことになる。

必然的にゴールドコースト内の土産物店やオパール店は激減した。

そんな厳しい時期を 我がオパカズは 「サバイブ」してきたわけである。

よく、「海外で商売をして大変だろうによく成功している」と言われることがあるが 
むしろ海外だからこそできたことという点も多いにある。

21年前 駐在員の妻として渡豪した普通の主婦が
オパカズを設立するまで、又、設立してからの ちょっとした軌跡を書き込んでみたい。

興味のある方だけ ひっそり読んでいただけたらいいと思う。
あくび厳禁・・
 カズ流、ド素人店舗設計のあれこれ その1